知らぬ間に親世代の相続問題に巻き込まれた

祖父母が暮らした家は持ち家とは言え、本当に小さな物でした。
子供との同居を望んで改修・改築した部分も数か所あり、言ってみれば継ぎ接ぎの一軒家と言った感じです。
坪数にして20坪も無かったように記憶しています。
それでも遺産には変わりなく、祖母に次いで祖父も無くなった後、その家をどうするかで親世代の中で一悶着ありました。
祖父が亡くなる数年前まで母が同居して面倒を見ていた経緯から、長男でも長女でもない母に家の名義が移されていたのです。後々面倒になるからと、名義変更の件を母は拒絶したそうですが、まだ元気だった祖父が密かに手続していたようです。
長男である伯父は他府県に居て、先に財産分与を受けていたらしく、家は母の好きにすれば良いといったらしいのですが、他の兄弟がそれに対して不満を唱え始めたんです。
すぐ下の妹である叔母は、相談に乗る風な体裁で家の売り先を勝手に探し始めたようです。
母は、二束三文の古家に対する執着もなく、出来れば手放したいと思っていたのですが、長女である伯母に至っては、空き家になった祖父母の家に知らぬ間に家族を連れて引っ越してしまっていました。
本来なら、孫世代の私には関わりのないことだと思うのですが、書類関係はよくわからないからと母に頼まれて相続税の支払いに絡んで役所の窓口に相談に行く時について行きました。
詳しい話は忘れてしまいましたが、急に住みだした伯母には居住権は発生しないと言うことや、法的な持ち主である母にすべての権利があると教えて貰いました。
後は、兄弟の感情の問題なので・・・と。
結局、解体するにも百万近くのお金が掛かることや、更地にしたところで、母にもその後の利用目的がないことから、そのままの状態で出来るだけ早く手放そうということになりました。

幸い古家は、立て直しを検討していたすぐ裏のご夫婦が買い取ってくださることになり、私はこのことも後で聞きました。
売れた分のお金は、ある程度均等に兄弟で分けたようです。伯父だけはその必要はないと言ったそうですが、叔母達からはいつ貰えると都の催促が酷かったようです。

私はたった一回税金絡みで付き添っただけなのに、この決定を下したように思われ、叔母達からは散々電話で孫のくせに金目当てだろうとか、もっと高く売る方法があったのにとか散々嫌味を言われました。
最後に叔母に「ご苦労様代を幾らか上げないとね」なんてことまで言われました。
元々の所有者は母であって、諸手続きをしたのも全て母です。何の権利もない人間にそんなことを言われなないと行けないのかと腹立たしく思ったのを覚えています。
ちなみに、私は一円のお金も受け取っていません。

相続問題は姉と弟でもめることが

相続問題、父は土地と現金で3000万以上の資産があります。
母とはずっと別居していて、私と弟は母と祖母に育ててもらいました。
母は現在、脳卒中で老人介護施設に入ってます。介護は年金でなんとかなっています。
父は、弟が結婚してからかなり援助しています。
それで、弟の住宅ローンの残りをすべて払ったと聞きます。
お嫁さんの車も購入したようです。
弟夫婦と父は、別居で介護をするつもりはないです。
父も母と同じように、老人ホームに入る予定です。
母が入っている老人介護施設で、料金の改正がありました。
父に収入があったので、負担が増えたのです。
なにか複雑な気持ちになりました。
父は、昔から母にお金を出そうとはしませんでした。
養育費はもらっていました。
しかし、これからいつまでも母が国の老人施設にはいることができるかどうか。
それなのに、弟夫婦がかなりの大金を父からもらっています。
籍は入っているので、相続は母も権利があります。
そして、それで安心して施設にはいることができれば私も弟も安心です。
弟のお嫁さんとは、だんだん話していて合わなくなってきました。
私は小姑なので、合わないのはごく普通だと思っています。
しかし、相続権は私と弟にあるのでそれをわかってほしいと思います。
父の家も、自分の自由になるような言い方をします。
しっかりと同居して、介護もしてということなら相続をしてもいいと思います。
なんとなく、昔から両親のことでいやな思いをしていたのですがずっと続くのだなあと思いました。
やはり老後のために、私もある程度お金は必要だと思います。
うちは息子が二人いて、今のところ結婚する気はないようです。
一般的な家庭なら、相続でもめるのかあなと思います。
私も夫も、介護については自分たちでなんとかしようと思っています。
最後は、施設に行くことを覚悟しています。
弁護士がいれば、相続に関して平等になると感じます。

いきなり司法書士から相続放棄の手紙が届きました。

つい3か月ほど前の話なんですが、仕事が終わって帰宅すると、嫁さんが非常に不安そうな顔で他県の司法書士から手紙がいきなり来たと話しました。
封を開けていなかったので開けてみると、私絡みの手紙の様でした。
私は幼い頃父と母が別居しまして私は、母と一緒に暮らしており父親とはそれから1回も会っておりませんでした。
そのまま月日は流れ5年ほど前に父親が亡くなったとの連絡を受けました。
正直全く父親の記憶がなかったから何の感慨もなく、葬儀にもいかず、何も変わった事がなく過ごしていました所に届いた手紙でした。
手紙の差出人は司法書士さんで、父方のおじさんが無くなったとの連絡でした。
で、そのおじさんが自分がいなくなったら直ちに相続放棄をしなさいと遺言で話されていたそうで、遺言通りにおじさんの家族で相続権を持っている人は相続放棄をされたそうなんです。
そうなると巡り巡って、私に相続権が到達するからどうしますかと言う話だったんです。
全くの寝耳に水の話だったんで非常に戸惑いました。
全く面識も記憶も無い人の相続権者になるのか?
しかもその人の為に債務を背負う事になるのかと不思議な感覚でした。
相続放棄もただじゃないんで費用はかかるし、そもそもその司法書士が信用できるかもわかりませんし、すごく悩みましたが結局、リスクを恐れて放棄の手続きをお願いしました。
書類が届かなかったりして若干不安もありましたが、まぁ問題無く進んで行っって裁判所からも根掘り葉掘り聞き取りするような文書が届いて、全く面識がないからほとんど答える事もなく、これで放棄がきちんとできるんだろうかと言う不安を重ねつつ時間が過ぎて行ったんですが、最初の連絡から1か月程度で無事蜂起が出来たとの手紙が裁判所から届きました。
もし、知らないまま過ごしていたら相続権者になって債務を背負う可能性もあったんだなと背筋が寒くなる気持ちでしたが、何とか無事に終わったので結果オーライという事でまぁ勉強にもなって良かったと思います。

相続したいものに関して

少し前ですが母親方の祖父が亡くなりました。母親は小さい孤島の田舎の一人っ子なので、孫は私達は姉弟の3人です。私は一番上で、初孫なので幼い時期から甘やかされてかなりのお小遣いを会う度に貰っていました。ただ、母親とその祖母とは歳を重ねるにつれ険悪になり葬式にも呼ばれませんでした。税理士の方に聞いても孫は、奥さんがいる限り相続権がないことを知り行きませんでした。使うことがない自給自足に近い生活を送っていた祖父母なのでかなりの所有地や骨董品等昔ながらの物が沢山あるのは知っていましたが相続権がないので諦めました。実家はバリアフリーで元々作っており、父方の両親の為に作られた家があります。只、父親は末っ子ということもあり先に両親を亡くしていたのと親戚の会社関連の為一緒に住むことは体の悪い祖父母に介護申請できなくなる恐れが出てくる為近くに、家を借りることしかできませんでした。父親は家族が多くバブル時代でも貧困生活を我武者羅に生きて情の厚い人だったので私は尊敬していました。また母親は、働くことが好きな人間というよりじっとできない人でプライドの高い人間なので、親に頼る生き方をしてきた事が普通で形式に拘る人間なので嫌悪感が幼い頃から母方の方に行くと強くなりお金でしか価値がない人間だと思いました。なので、お金しかみれない世間体の家で不慮の事故の為と保険に入っていたとしても、祖母がいる限り遺言書がない為相続権は母親までしか孫である私たちは3等身の為ありませんでした。まさか、ペースメーカーが入ってる祖母より」早く死ぬなんて思ってもなかったです。今も仕事を好きな様にして、妹と遊び周ったり両親のお金は別々になっていますがサラリーマン以上の給与がある母は我が物顔で家事もろくにせず嫌気がさします。父の祖母が死んで1年も経ってない時のことでしたが、最後まで痛みを我慢して周りに気を遣ってくれた人でした。確かにお金はないですし、相続するモノは子供たちがプレゼントしたブランドの物が沢山ありました。でも、私は父が新婚旅行でプレゼントした某海外の有名ブランドのカバンを以前から貸すという形で預かっていたのと死を悟った時から嵌めていた、祖父からの結婚指輪と子供達全員の誕生石が入った指輪を焼香して溶け残ったものを貰いました。私の親が甘やかさず、一人暮らしを長く続けてなんとか家を借りていること知っている祖母は常に常に心配してくれました。祖母がいなくなって、自分の故郷に帰る決断ができた時それを売りました。非道に思う方もいるかもしれません。でも、私が持っててもただの宝の持ち腐れです。愛情が結局一番だということを感じさせてくれました。下の従妹達はブランドを漁っていたそうですが、愛情だけでも教えてくれたことが一番の遺産だと思えるのは、お金は貰うものではなく自分で生み出し周りと調和することの大事さを学んだからです。お金は天下の周りモノだと思いました。私が感じた、愛情は純粋なもので、芯のある人間こそが強いはずで不景気の逆境を乗り越えるために自ら努力し周りが支えてくれるのが自然な形に何年経っても続いていく歴史こそ財産です。

相続に関しての記事です。

皆さんは「相続」と聞いて、「自分の所はそんな大層なものは持ってないから気にならない」とか「土地を持っているわけでもないし、株とかお金になるものを大して持ってないから別に問題ないよ」とか言いますが、実はしっかりと調べるなりしていないととんでもないことになる場合があるんです。
まず、遺族の人に長男がいたとします。その人が戦前であればその人のみに財産が渡りますから、大して問題は起こらなかったでしょう。ただし、このケースの相続はお墓や、仏壇などの供養をする役目を果たす事も責任を持って命日や月命日、彼岸などの事においてもすべてその長男によって「しっかりとやることはやる」という不文律によって成り立ってきました。
しかし、戦後は相続権が配偶者、子供たちという風に複数の人にお金や、有価証券、不動産などが渡るというのが一般的になりました。戦後に民法の改正があり、このようなルールができてしまったのです。

それでも、田舎の方はいい方でした。喪主になった人が「お墓や仏壇などを管理する。だから『相続する金は自分に任せてくれ。その代わりお布施などを払うのも、それ以外でも全部責任を持ってやるから』」というのがありました。でも都会に出てしまったら、財産相続でもめるようなことがかなり起こっていると聞いています。だから皆さんにぜひ聞いてほしいことがあります。
それは遺言状を作っておくことです。都会に行ったら、ノーリスクでリターンを求めるというそういう人たちが多いと聞いています。
だからこそ、相続に関することは弁護士を通じて自分の死後に相続でもめる事がないようにという意味で作っておいた方が何かといいことになると思います。そして、何よりその遺言状を正当とすべく、弁護士を立て、しかも自筆で書いて署名捺印をしましょう。さらに、お墓とか仏壇を管理する権利も相続にかかわります。絶対にもめ事を起こしたくないというのであれば遺言状は作りましょう。

相続でもめたら亡くなった方も浮かばれません。しっかりとしましょう。

遺言書、建物を相続させたいなら、土地にも注意しましょう。

数年前に父方の祖父が亡くなりました。父は5人兄弟の一番上、弟1人と妹3人がいます。
我が家の土地と叔父の家の土地の名義は祖父だったので、男兄弟が土地を相続するのは、叔母達も納得してくれていました。
問題は末っ子の叔母の住んでいる家と土地です。実は末っ子の叔母が住んでいる家は、祖父が建てたもので、名義も祖父となっています。祖父母の介護をしていて結婚が遅くなった叔母の事を心配して、叔母が結婚する時に祖父が建てて叔母夫婦がそのまま住んでいました。
「男兄弟が土地を相続して、女姉妹は平等に預貯金を分ける」・・・これが長女の叔母の主張でしたが、末っ子の叔母は「今住んでいる家は私の物。お父さんが公証役場に行って、遺言書を作成してくれたはず」と言い出したのです。
調べて見ると、確かに祖父はきちんと手続きしてくれたようで、家は叔母が相続するという遺言書がありました。
でも叔母の住んでいる土地については、何も書かれていなかったのです。末っ子の叔母は「住んでいる家が私の相続なら、土地も私が相続する」と権利を主張しますが、自分達の知らない処で遺言書の話を祖父としていた叔母の事を、他の姉妹は心良く思っていません。
結局、建物は叔母が相続したけれど、叔母の家が建っている土地は、長男の父が相続するという、複雑な事になりました。
叔母の住んでいる土地の固定資産税を、父が払うのは何のメリットもありません。だって、叔母は借地代を1円も払わないのですから。
父はともかく、母は税金を払う度に文句を言っていました。
でもこれは正解だったのかも知れません。
数年経って、我が家も土地が必要となり、叔母の住んでいる土地がどうにかならないかという事になりました。
叔母は「私には居住権がある」と言っていたので、弁護士さんに相談すると「居住権はお金を払った人が主張できる権利です。1円も払った事が無いなら、出て行って貰えます」と言われてしまったのです。
結局叔母は借地代を渋った為に、別に土地を買って引っ越す事となりました。
祖父が遺言書に土地の件も明記してあれば、こんな問題は起こらなかったのに、祖父が思っていたとは別の形で決着が付いてしまいました。